
ovz: 4年ぶりの新曲Driven From Withinは前作Morgueと比べるとDaymare RecordingsやdeathwishのCult LeaderやOathbreakerのようなダークな要素は控えめで、よりハードコア的な硬質感が増し、自分としてはxtkxが大好きなEarth Crisisやシラキュース勢も彷彿させる印象も抱きました。この4年間でクリエイティブに於ける心境の変化は何かありましたか?
xtkx: 今回はブラストビートがなく、タメが多い部分があるかもしれないです。あと使っているコードがいつもと少し違うので、そこも印象が変わる要因かもしれませんね。シラキュースのバンドの影響は今回あまり考えていなかったんですが、おっしゃる通り大好きなのでそう言っていただけて嬉しいです!笑
クリエイティブに関する変化といえばOtusとしてはなかなか曲ができなかった、ということがあります。個人的にはリフや曲のアイディアを毎週のように考えてメンバーとスタジオに入る、ということを繰り返していましたが、何度やってもなかなかまとまった形にならずに苦労しました。
ただ、前回作のMorgueのときからではありますが、元となるアイディアは自分が持っていくことがほとんどでありつつも、メンバーの意見やアイディア、思いつきの要素を多く取り入れ、とりあえず試してみる、決め込み過ぎずにみんなで作り上げていく、ということは意識しました。
View this post on Instagram
https://www.instagram.com/p/DXyA8_gCW52/?igsh=NXFzdHN2a2FxbGQ1
ovz: 歌詞を読んだ時、カミュの『シーシュポスの神話』が頭に浮かびました。ギリシャ神話に出てくるシーシュポスは神々への反逆の罰として、巨岩を山頂に運んでも、頂上に着くと必ず転がり落ちる事を永遠に繰り返す罰を科せられます。Otusの新曲は、不条理で意味が保証されない世界で、それでも生き続けることへの煩悶を感じました。Overglaze EPから10年経ちますが、今作はどういう道のりで辿り着き、どういった事を描いているのでしょうか?

xtkx: シーシュポスの神話を意識したものではなかったのですが、そのように受け取っていただけたのは嬉しいです。実際にこの曲には「意味や救いが保証されない状態でも、それを手放すことができない」という感覚が根底にあります。
今回描きたかったのは、生きることそのものの不条理というよりも、「愛」についてなんです。ここでいう愛は、恋愛的なLoveではなく、「信念」、「献身」のようなものについてです。何かに対して強く向け続けるDevotionやFaithに近い感情です。
人は、強い気持ちを持ち続けていればいつかそれが報われたり、何かに繋がったりすると信じたくなります。でも現実には、その気持ちの強さと、向かう先が噛み合っているかどうかは別の問題です。どれだけ強い愛や信念を持っていても、そのベクトルが一致していなければ何も返ってこないことがあります。むしろ、そのこと自体が苦しみの原因になることもあると思います。
一方で、自分から見るとそれほど強い思いを持っているようには見えない人たちが、ただベクトルの向きが合っているというだけで自然に結びついているように見えることもあります。そこには羨望もあれば疑念もありますし、「自分が抱えているものは本当に愛や信念なのか、それとも単なる執着なのか」という感覚すらも生まれます。
歌詞の中で繰り返し出てくる “devotion” と “fixation” という言葉は、まさにその境界線の曖昧さを表しています。外から見ればそれは献身かもしれないし、執着かもしれない。でも当人にとってはもうその違いすら分からなくなっている。強い愛を持つが故の孤独さ、孤独になっていく様を描きたいと思って書きました。

Overglaze EPからもう10年経つんですね、、意識してなかったので辛くなりました笑 歌詞を改めて読み直してみたんですが、その頃はもっと意識が外の世界に向いていて、自分と他者、その関係性と自己の醜悪さへ怒り、憤りみたいな部分にフォーカスしていたように思います。
今回はそれをより内側に掘り下げ、結果として全ての根源となる「自分を突き動かすものは何なのか」という問いに辿り着いている気がします。
この曲は、何かを乗り越えたり悟ったりするものではなく、愛の意味を探すことを諦めたはずなのに、それでも手放すことができない、自分の内側から湧き上がってきてしまうものを抱え続けている状態を書いています。
もしかしたらシーシュポスのように、終わりの見えない行為を続けている、続けてしまっているという解釈は、近いのかもしれません。
ovz: 実はOverglazeから10年という歳月に着目したのも理由があります。Otusがバンドとして活動していくうちに、他者からだったり自分自身の内側にもイメージが形成されていきます。そして外部との交流も不可避であり摩擦も生まれます。今作は、その中で何かしらの変化が生まれていき、良くも悪くもある違和感に自問自答している様子が10年という節目の年で辿り着いた境地ではないか?と考えたからです。
奇しくもconvergeのJacob Bannonが最新作の曲を解説する中で「愛とは単なる感情では無く責任なんだ」と語っていました。今作は愛を責任に置き換えると、社会的な地位であったり、家族の一員であったり、誰しもが抱える普遍的なテーマに昇華するメッセージだと感じます。『責任』という観点で今回の曲を捉えると、どういった印象を抱きますか?
xtkx: Overglazeを発表してから10年経ち、今年でバンドとしては14年目になります。
活動の中で自分自身としては、この10年で本質的に何かが大きく変わったという感覚はあまりありません。やりたいことや信じていることも、意外と変わっていないと思います。
たしかに時間が経つにつれて周囲の環境や人との関係性は変化していきますし、自分自身が置かれている環境も変わりました。
自分に向けられる期待や評価も変わっていきます。そうした中で、自分の本質は変わっていないはずなのに、周囲との距離感だけが少しずつ変わっていくような感覚を覚えることがありました。
Otusをやるにあたって、もともと何かを見返りとして求めていたことは一切ありません。それでも、続けてきたことが思うような結果に結び付かなかったり、協力が得られなかったり、あるいは何も返ってこなかったりすることに対して、自分でも気づかないうちに葛藤が生まれていることがありました。
今回の曲は、その葛藤の中で生まれたものかもしれません。自分が抱えているものは本当に価値があるものなのか、信じ続けることはそれ自体が良いことなのか。自分が「大切」だと思っているものは、ただ手放せなくなっているだけなんじゃないのか。そうした葛藤や苦しみが、結果としてこの曲に繋がっているように思います。
Jacob Bannonの言葉はとても興味深いと思います。自分自身は今回の曲を書く時に「責任」をテーマとして意識していたわけではありませんでした。ただ、おっしゃる通り愛を責任に置き換えて考えると、この曲の見え方はかなり変わるかもしれません。
「責任」も、ある意味では一方通行になり得るものだと思います。家族に対する責任、仕事に対する責任、自分が信じているものに対する責任。どれも必ずしも相手から同じ熱量で返ってくるわけではないと思います。
それでも人はやめることをせず、続けること自体に価値を見出そうとします。でも、あるときに「自分だけがそう思っているんじゃないか」と感じることもあると思うんです。その時に生まれる孤独や葛藤は、この曲で描いている感覚とかなり近い気がしています。
外から見れば責任感や献身に見えるものが、本人にとっては執着になっているかもしれないし、逆に言えば、執着だと思われているものが、実はその人を支えている信念なのかもしれない。自分にとって重要なのは、その境界線が曖昧であり、その渦中にいる本人にとっても、その区別がつかなくなりうるということです。
この曲は、何かを信じ続けることや背負い続けることは、本当に価値があることなのか。それとも、ただ手放せなくなっているだけなのか。意味を求めているわけではなかったはずなのに、そこに意味や価値を見出そうとしてしまう欲望と諦念の葛藤を描いています。
そういう意味では、「責任」という解釈も自分にとってはしっくりきますし、この曲をより普遍的なものとして捉える一つの見方だと思います。
ovz: 今回はなかなか曲が出来なかったとの事ですが、曲を作るにあたって、普段どういったものからインスピレーションを受けて反映させていますか?敢えて、絶対に、音楽以外のものからの影響源で教えてください。
xtkx: 曲を作るにあたってのインスピレーションは、音楽以外のものだと「自分の感情」になると思います。テーマとなる出来事や物事に対して自分がどう感じるか、どう感じてきたかを、リフや展開に落とし込むイメージです。
重苦しさや怒り、憤り、苦しみといった感情があると、ヘヴィなリフが生まれるということですね。そういう意味では、作曲というのは普段あまり意識していない感情に目を向ける作業でもあります。ある種のリハビリテーションに近いのかもしれません。
歌詞を書くのと同じように、リフや曲の展開にもストーリーや意味を持たせている部分はあると思います。
もちろん音楽的な影響を受けることは多々あります。ただ、作曲の際には「このバンド風に」とか「このジャンルっぽく」という発想よりも、その曲で表現したいテーマや感情をどう音楽として伝えるかを重視しています。それはOtusの曲作りにおいて、一貫して大切にしていることかもしれません。
View this post on Instagram
https://www.instagram.com/p/DMjN6MGSt0E/?igsh=ZDk0Y3pjbDNkbXY0
ovz: まだまだ見通しが難しいかと思いますが、 EPやアルバムなどにも期待が高まるところです。最後に今後の予定や展望など、ハードコアシーンに思う事など、自由に語ってください。
xtkx: まず今後の予定としては、色々な地方でライブをやる予定があります。新しく音源が出たので、これを機にプレイできるフィールドを広げていきたいという気持ちがあります。
展望としては、セカンドアルバムを出したいですね。今回Yaji (TRUE FIGHT)にゲストボーカルとしてフィーチャリングしてもらったんですが、Otusとしてはこれまでのバンド活動として初のゲストボーカル音源になるんです。
直近の一連の作曲活動においては苦労がありましたが、今回の作曲を通して個人的にブレイクスルーした感覚があるので、このまま曲を作り続けて、良いものを生み出したいです。
ハードコアシーンに対して思うこととしては、Social Mediaとの距離感があります。
自分はハードコアの本質のひとつに、既存の価値観や既成概念を疑い、自分自身で考えながら真実を追求していく姿勢があると思っています。
近年はハードコアが本来持っているラディカルさの中でも、特に極端な部分や派手な部分が注目されることが増えたように感じます。それはゲートウェイとしては非常に有効ですし、実際にそこから興味を持つ人も多いと思います。
一方で、そのイメージだけが先行してしまうことで、本来ハードコアが持っている思想や価値観に触れる機会が少なくなっているようにも感じています。
特に若い世代の中には、興味はあっても周囲との調和や見られ方を気にして、自分の考えを素直に表現できない人もいるのではないでしょうか。
Social Media自体が悪いとは思いません。あくまでツールであり、今の時代において重要な役割を果たしていると思います。ただ、それがハードコアそのものではないし、本質ではありません。
現場に来ることだけが正しいとも思いませんが、それぞれが自分なりの方法でより深く音楽や思想に触れ、自分自身なりの本質に辿り着けるようなハードコアとの接し方ができる世界になればいいなと思っています。
View this post on Instagram
https://www.instagram.com/p/DXiY7zNgZDR/?igsh=ODBkeDBmY2swMzM5